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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)10143号 判決

原告 吉田雄

被告 佐々木善三郎

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、一一〇万円及びこれに対する昭和三二年一月二四日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  被告は、昭和三一年四月上旬頃金属、製鉄原料等の販売業を営む原告に対し、訴外常磐炭鉱株式会社の払下げにかかる鉄屑六〇万屯余を屯当り二万二〇〇〇円で買取られたい旨申入れ、原告に対し前示訴外会社の入札通知書及び落札通知書を交付した。原告は被告の申出を真実と信じてこれを承諾し、同月二六日代金総額一三二万円中一一〇万円を被告に支払つたが、被告はその申出のごとき屑鉄を所有しておらず、原告を欺いて前示一一〇万円を騙取した事実が判明した。

(二)  よつて、被告に対し、前示不法行為による損害の賠償として一一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三二年一月二四日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の本案前の抗弁に対し、

(一)  被告主張の抗弁事実中、弁護士山口与八郎が被告から受領した報酬の金額及び被告の委任の趣旨が原告との示談交渉をも含む趣旨であつたとの点を除き、その他は認める。

(二)  弁護士山口与八郎は、昭和三一年一一月六日被告主張の刑事事件につき被告の弁護士たることを承諾して報酬五万円を受領したが、翌十七日被告から解任されたもので、被告の詐欺事件につき鑑定をなし、意見をも述べたこと等の報酬として一万五〇〇〇円を手裡に留めたが、残余の三万五〇〇〇円は同月二〇日被告の請求を受けて同人に返還した。

(三)  弁護士山口与八郎は、被告のためその主張の刑事事件につき委任を受けたもので、民事事件については委任を受けておらず、しかも受任の翌日には解任されたもので被告との間に信頼関係を生ずるに至つていない。ゆえに、山口与八郎が原告の代理人となり、本件訴訟を提起したことは、弁護士法第二五条に違反しないから、被告の抗弁は理由がない。

と述べ、立証として、甲第一、二号証を提出した。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、

被告は、昭和三一年一一月中東京地方検察庁の検察官から原告が本件において主張する一一〇万円を騙取したとの事実につき詐欺罪にあたるものとして起訴されたため、同年一一月一六日弁護士山口与八郎に報酬一万五〇〇〇円を支払つて右の刑事事件の弁護並びに原告との示談解決のための交渉を委任し、同日附をもつて前示裁判所に弁護人選任届を提出した。かくて、山口与八郎は、前示詐欺事件における被告の事情を悉く知るにいたつたのであるが、その後被告と利害全く相反する原告の訴訟代理人として被告を相手方とし本件訴訟を提起するにいたつた。しかし、弁護士山口与八郎は、弁護士法第二五条第一項第一号の規定により本件訴訟事件についてはその職務を行うことができず、したがつて原告の訴訟代理人となることができないから、山口与八郎が原告の訴訟代理人としてした本件訴訟の提起は不適法である。

と述べ、甲号各証の成立を認めた。

理由

(一)(1)  被告が昭和三一年一一月東京地方検察庁の検察官から「被告は昭和三一年四月中鉄屑売買代金名義のもとに原告から現金一一〇万円の交付を受けてこれを騙取した」旨の事実につき東京地方裁判所へ詐欺被告事件として起訴されたこと。

(2)  被告は、同年一一月一六日弁護士山口与八郎に対して前記刑事事件につき鑑定を求め、かつ、種々意見を徴した上、右被告事件につき弁護を依頼し、同日附をもつて弁護人選任届を東京地方裁判所に提出したこと。

(3)  弁護士山口与八郎は、被告から報酬として一万五〇〇〇円を受領したこと。

(4)  弁護士山口与八郎は、原告の訴訟代理人として被告を相手方とし、前示被告事件の公訴事実にあたる詐欺の事実に基き本件損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所へ提起したこと。

は、当事者間に争がない。

(二)  以上の事実に基き考えるのに、弁護士山口与八郎は、「佐々木善三郎(被告)が昭和三一年四月中吉田雄(原告)から鉄屑売買代金名義のもとに現金一一〇万円の交付を受けてこれを騙取した」旨の詐欺被告事件につき右佐々木善三郎から事件の内容を聴取してその弁護人たることの依頼を承諾したのであるから、右の詐欺被告事件の公訴事実の内容をなす社会的事実を請求原因(詐欺による不法行為)とする本件損害賠償請求訴訟は、弁護士法第二五条第一号にいわゆる「相手方の依頼を承諾した事件」にあたるものと解すべきであり、したがつて、弁護士山口与八郎が右の訴訟事件について、職務を行うことは、前記法条の禁止するところというべきである。けだし、弁護士法第二五条が同条第一号ないし第三号証所定の事件につき弁護士が職務を行うことを禁止する趣旨は、弁護士が利害相反する当事者の一方と一旦信頼関係に立ち、あるいは紛争事実につき当事者の一方の内情を知つた後に、利害相反する相手方のため紛争の処理にあたることは、その紛争の処理として相手方を不当に不利な立場に陥れる虞れがあるのみならず、かかる行為により弁護士に対する一般の信頼が失墜することを防止するにあるものと解され、右の立法趣旨からみて前記のごとき場合もまたその適用の外に置くべきでないと考えられるからである。

してみれば、弁護士山口与八郎が提起した本件訴訟は、弁護士法第二五条第一号の規定により訴訟を追行することのできない者が原告の訴訟代理人として提起した訴訟というべきであるから、本件訴は不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉)

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